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おんなごころのつよければ

女心の強ければ

豊島 与志雄

「女性改造」1950(昭和25)年8月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,011 字 · 94 页

青空文庫

「沢蟹なら、むしろ、可愛いじゃありませんか。」

ところが、実際、いやなことがあったのである。

二キロばかり下手の、渓流に沿って、杉の密林がある。そこに、先月、死体が発見された。行き倒れか、服毒自殺者か、それは分らないが、もう半ば腐爛しかけていて、前夜雨が降り、ずぶ濡れになっていた。その死体に、沢蟹がいっぱいたかっていた。

「ほんとですか。蝿とか烏なら、死体にたかることもありましょうが、まさか、沢蟹が……。」

「おおぜいの人が見たんです。誰にでも聞いてごらんなさい、みんな知っていますよ。」

或るいはそんなこともあるかも知れない。あるとしたら、想像するだにいやな情景だ。半ば腐りかけてる濡れた死体に、沢蟹がうじゃうじゃたかっている……。

「思い出すと、いやーな気持ちですの。」

「いやな気持ちって……あなたも、見たんですか。」

「いいえ、聞いただけですけれど……。」

少し現実すぎる話だ。そんなことより、むしろ怪談の方が他愛なくてよかった。

酒を飲みながら、長谷川は怪談をもち出した。ひとから聞いたり、書物で読んだりした、さまざまな幽霊や妖怪変化の話。

長谷川はもとより、千代乃も、幽霊やお化を信じなかった。