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じょりゅうさっかとしてわたしはなにをもとむるか

女流作家として私は何を求むるか

宮本 百合子

「読売新聞」1921(大正10)年3月6日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,392 字 · 3 页

青空文庫

なぜ女性の中から良い芸術家が生れないか、或いはそれが生れたにしてもなぜ完成の域にまで成長しないのか、その質疑に対して私は第一に女性教育の欠陥を挙げたいと思います。個性の上に温かいはぐくみを持たない今の教育は、綜合的な人間常識を授けるにとどまって、その人の持っている質の善悪にまで敷衍されていないからです。その点から一面、人間中心芸術中心の天才教育があってもよいと思います。

芸術家としての素質に就いて女性をどう観るかという事に就いては、私は女性にも十分に芸術家になり得る天分は賦与されていると思います。趣味の上から、その生活に湿いのある点から、或いはその環境が女性の上に及ぼす体験から、到底男性に持ち得ないと思われる何ものかを持っていると思います。それがなぜ力として芸術化されにくいか、或いはその創作が多くの場合、彼女は女であるという目安の上に置かれて批判され、価値づけられているか、この点に関しては、例えば「性」の問題を取扱うとして、つぎの如きもどかしさがその創作を裏切る。即ち「性の問題」を取扱う場合も、男はそれを彼の生活の一部として虚心に口にし、芸術化し得るのに対し、女性はそれをより以上に敏覚する素質を与えられていながら、彼女がその原始時代から伝統的に培われてきた道徳性は、この問題を直ぐに善悪の批判の上に結び付け