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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

二、村上三千子の告白

わたしは高木さんを愛していたのであろうか。そうであったとも言えるし、そうでなかったとも言える。頼りにしていたことだけは確かだ。それならば、高木さんの方はどうかと言うと、これは全然分らない。

思えば、わたしは少し生きすぎた。夫が南方で戦死した時、三十三までは生きようとわたしは思った。なぜ三十三までか。はっきりした理由はなく、ただなんとなくそう思ったのだった。女の感傷に三十三という歳は魅惑がある。それが、崎田さんと酒場なんかやることになって、うかうかと三十三を通りこしてしまった。今になってみると、ずいぶん昔のような気もする。それほどわたしの心情も変ってしまった。夫のことだって、遠い思い出にすぎなくなった。

鏡を見つめてみると、額の皺の数が多くなり、眼尻や口許に小皺が目立ってきた。笑ってみると、それらが殊にはっきりしてくる。髪の生え際の額の皮膚が、へんにてらてらしてきたようだ。そういうことがわたしは悲しい。いつまでも若々しくしていたいのではない。忍び寄ってくる老いの影が、過去からわたしを遠ざけるのだ。それは構わないとして、現在のわたしに何があるだろうか。