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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

わたしのことより、酒の方が大事なのだろうか。高木さんは酔った。わたしも酔った。泣いたり怒ったりしながら、わたしは赤ん坊のように、高木さんの腕の中で眠ったらしい。

なにか音がするので、夜中に眼を覚した。何の音とも分らないが、コトコト叩いてるのである。それが、わたしの頭の中を叩いてるようでもあり、胸の中を叩いてるようでもある。水の雫のような冷たい音だ。

高木さんは仰向けに、すやすや眠っていた。不思議なほど安らかな眠りだ。よくもそう眠れるものだ。覚えていらっしゃい。仕返しをしてやるから……殺してやるから……。そしてわたしは涙を流した。もうわたしは少し生きすぎたような気がする。

ハンドバッグの中に、用意の薬剤があった。わたしはそっと起き上り、薬剤を取り出して、枕もとのコップの水にそそいだ。高木さんはまだ眠っていた。覚えていらっしゃい、殺してやるから……。私はコップを取りあげた。死のキッス、口移しに飲ましてあげるわ……。わたしはコップに口をつけ、一息に飲み干して、高木さんの胸の上に倒れ伏した。高木さんは身動きしたが、あとはしいんとなった気持ちで、やがて、苦悶の熱い塊がわたしの胸元に突きあげてきた……。