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こうい
好意
豊島 与志雄
「改造」1924(大正13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,059 字 · 40 页
それまでは少しも聞えなかったのに……。」
「それはただ気付かなかっただけのことじゃないのか。」
「いや、しいんとしていて、僕は何かに聞き入るような心持でいたので、気付かない筈はなかったのだ。月を見てから後は雨戸をしめても、うるさいほどはっきり聞えたんだからね。」
「何だか夢みたいな話だね。」
「ああ全く夢みたいな話さ。月を見ながら、あの人がお伽噺をしてくれたんだから。」
「お伽噺を……。」
「そうだまあお伽噺だ。」
その声を聞きつけてか向うの隅で何やら話し合っていた敏子さんと看護婦とが、一度に顔を挙げて私達の方を見た。看護婦はもう朝の身仕度を済していたが、櫛の歯のよく通った大きな束髪と顔に塗った仄白いものとに対照して、まざまざと睡眠不足の疲れが現われてる頬や額の皮膚の下に、何だかこう厳粛な一途な信念とでもいうようなものが露わに覗き出していて、ぴんとした細い一文字の眉が一寸美しく見えていた。が敏子さんの方は、もう先刻の興奮からさめて、解き放されたような安心しきったような風に、細面の頬の肉をうっとりと弛ませていた。
私は眼を外らして、露を含んだ庭の植込に、斜にさしてる黄色っぽい朝日の光を見ながら、吉岡と看護婦とが昨夜どんな話をしたのだろうかと想像してみた。