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おばすて

姨捨

堀 辰雄

「文藝春秋」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,351 字 · 20 页

青空文庫

そうすれば自然に運がひらけて来る事もありますからね。ともかくも、ためしにお出しになっては――」などと、なおも熱心に勧めて来るので、とうとう父母もその女の行末を案じ、宮にさし出す事に渋々納得した。これまで安らかな無為の中にばかり自分を見出していた女は、急に自分の前に何やら不安を感じながら、それでも外に為様がないように人々の云うとおりになっていた。

人出入の多い宮仕えは、世間見ずの女には思いの外につらい事ばかりだった。もとより、それが物語に描いてあるようなものではない事は、女も承知していた。が、冬の夜など、御前の近くに、知らない女房たちの中に伏しながら、殆どまんじりともしないでいる事が多かった。そうして女は夜もすがら、池に水鳥が寝わずらって羽掻いているのを耳にしたりしていた。又、昼間、自分の局に下がっている時には、ひねもす、此頃自分の事をいかにも頼りにし切っているような老いた父の姿などを恋しく思い浮べていた。亡き姉の遺児たちも、夜は大がい自分の左右に寝かすようにしていたのに、今はどうしているだろうと気がかりになってならない事もあった。が、そんな人知れない思いさえ、傍から人に、見られているかと思うと、どうも気づまりで思うようには出来悪かった。