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ふじんとぶんがく

婦人と文学

宮本 百合子

※「作品について」参照

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,792 字 · 351 页

青空文庫

彼女は嘗て「自分の住家というものは、いつも静かに安全に保ちたい」という理由で、『青鞜』の仕事を伊藤野枝にゆずった。今は中流人の妻として母として家庭を「静かに安全に保つ」ためにさえも、妻たり母たる婦人の一市民としての無力さが痛切に感じられて来たのであった。参政運動を否定していたらいてうがそのことには動き出した。これは、当時国民全般の要望であった普選の要求の波と切りはなせない関係であり、ガントレット恒子を、日本代表として万国婦人参政権大会に出席させたような世上一般の気運が坂本真琴の「婦人参政権同盟」その他いくつかの同種の団体を生んだ。「婦人参政権獲得期成同盟会」の成立したのは大正十三年のことである。

このような動きにつれて、思い浮ぶのは福沢諭吉の「女大学評論」である。明治初頭の大啓蒙家の一人であった福沢諭吉の「学問のすゝめ」は明治五年に発表された。それだのに、「女大学評論」の公表されたのは漸々明治三十二年になってからであった。「二五歳の年、初めて江戸に出たる以来、時々貝原翁の女大学を繙き自ら略評を記したるもの数冊の多きに及べるほどにて、その腹稿は幾十年の昔になりたれども、当時の社会を見れば(中略)真面目に女学論など唱ふるも耳を傾けて静に之を聞くもの有りや無しや甚だ覚束なき有様」