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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

で、さてもう、夜が更けたのである。

出て来ない――夫人はどうしたろう。

がたがた音がした台所も、遠くなるまで寂寞して、耳馴れたれば今更めけど、戸外は数万の蛙の声。蛙、蛙、蛙、蛙、蛙と書いた文字に、一ツ一ツ音があって、天地に響くがごとく、はた古戦場を記した文に、尽く調があって、章と句と斉しく声を放って鳴くがごとく、何となく雲が出て、白く移り行くに従うて、動揺を造って、国が暗くなる気勢がする。

時に湯気の蒸した風呂と、庇合の月を思うと、一生の道中記に、荒れた駅路の夜の孤旅が思出される。

渠は愁然として額を圧えた。

「どうぞお休み下さりまし。」

と例の俯向いた陰気な風で、敷居越に乳母が手を支いた。

「いろいろお使い立てます。」

と直ぐにずッと立って、

「どちらですか。」

「そこから、お座敷へどうぞ……あの、先刻はまた、」と頭を下げた。

寝床はその、十畳の真中に敷いてあった。

枕許に水指と、硝子杯を伏せて盆がある。煙草盆を並べて、もう一つ、黒塗金蒔絵の小さな棚を飾って、毛糸で編んだ紫陽花の青い花に、玉の丸火屋の残燈を包んで載せて、中の棚に、香包を斜めに、古銅の香合が置いてあって、下の台へ鼻紙を。