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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

」

「なるほど、永井には私も閉口だ。」

「それでも、これで永井とさっぱり縁が切れるわけだから、却ってよくはありませんか。」と幾代は云った。

「あなた、」と兼子も云った、「いろんなことを云い出すと、なお面倒になるばかりですわ。いつもあなたが云っていらしたように、早くきめてしまった方がよくはありませんか。」

それは打算的な理屈だ、と彼は考えた。然しそれが最も便利なまた安全な方法だった。取引によって依子の運命に塗られた泥は依子を愛することによって償われる! 俺は二重に依子を愛してやろう、と彼は心に誓った。

夕食後、彼は瀬戸を送って表に出た。肥った筋肉を狭すぎるような皮膚に包んだ瀬戸の身体は、酒のためになお張り切って見えた。地面に転ったらぽんとはね返りそうに思われた。棒のような足でことこと歩きながら、彼の方を顧みた。

「これですっかりよくなったというものだ。女も時には素敵なことを考えつくものだね。」

「え?」と彼は問い返した。意味がよく分らなかった。

「然しこれからが大事だね。」と瀬戸は構わず云い続けた。「永井でなくても、へまするとお前は誤解され易いよ。」

「永井が何と云ったんです!」