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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

」

依子は黙っていた。

「云ってごらんなさい。え、誰が一番お好き?」

「一番お好きよ、一番お好きよ」と依子は口早に云って、兼子の懐にしがみついた。

「そう、お母ちゃんも依子ちゃんが一番お好き!」

そう云って彼女は依子を更に強く抱きしめた。依子は急に身を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)いた。真赤な顔をして反りくり返った。兼子はなかなか放さなかった。依子はしまいに泣き出した。

「余りしつっこくするものじゃないよ」と彼は云って、依子を抱き取ろうとした。

「いやよ、いやよ、いやよ!」と依子は叫んだ。「お父ちゃま嫌い、嫌いよ!」

依子は泣きながら逃げていった。兼子は冷かな眼でその後を見送った。

こんな風ではだんだんいけなくなるばかりだ、と彼は思った。一層のこと幾代へ依子を凡て任せたら……とも思った。然し幾代は、既に夜の間だけでも可なり苦しめられていた。――依子は夜中によく眼を覚した。もう泣き出しはしなかったが、ただじっと眼を見開いていた。幾代はその間おちおち眠れなかった。しまいには依子の眼付に慴えてきた。

或る晩、幾代は突然起き出て来て「兼子さん、早く早く!」