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しきとわか
子規と和歌
伊藤 左千夫
「中央公論 第二十二卷第九號」1907(明治40)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,757 字 · 8 页
こともある、だが五首を一句に尽すから俳句が豪いでもなければ、一句を五首にしたから和歌が劣ってるのでもない、詩の価値なるものは全然かかる数学的関係を絶して居るのは元よりです。
こんな風に正岡君は常に批評的立脚地を離れないで、どの方面に向っても必ず議論と終始して、その態度はいつも研究的に周到な用意をもって歩一歩と進んだ人 歌を遣るにも、始めはなるらん、けるらん、とかの領分から発足して、次第に一家の風調を成したようです、俳句方面にもこういう話があります、正岡君が虚子君や碧梧桐君に向って、
「お前方は月並月並というて大変恐怖がって居るが己れなどは月並からやって来たのだから、もう月並になろうとしてもなれんので恐怖くも何んともない、月並を恐れるのは要するに月並がほんとうに解らんからだ」と一喝を与えたという話も聴いて居ります。
正岡君などは全く天降だりした神の子のような詩人ではなく、立派に地上から生れた詩人です。もちろん世には天才というものがあって生れながらにして知るというのもありましょうが、それはそれとして正岡君のごときは孔子のいわゆる下聞を恥じず下学して上達す的の人でごく低い