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ボンベイそうわ

孟買挿話

吉行 エイスケ

「文芸都市」昭和4年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,299 字 · 20 页

青空文庫

5

私が室蘭丸に帰船したのは午前三時に近かった。船はルビー色の飾をつけて静かに横わっていたが突然黄色い声で外国詩の慟哭する金切声が聞えた。また絶えず石炭を積み込む荷揚ロープの緩急が打ち寄せる波の音と和して、消燈された甲板のゴルフ棒の蔭で船員と港の土人街の女とが抱擁して別離を悲しんでいる。女が一緒に日本へ行きたいと訴えるのだが、船人のたくましい腕の絆も別離が切って落す。サルーンでは数人の英国人が別れの唄を合唱している。一人が女優らしく胸を張ってバイロンの大洋の歌を独吟しては泣き出す。私が部屋に這入ると絹のハンカチに涙の地図をかいた女が私の姿を見ると罵るように、妾は日本が憎い、妾の恋しい人を連れ出すのはこのインボスタ奴! このジャブです。すると若い青年が私をなぐさめるように、女が気狂いであること、生れが悪いので酔うと恋病にかかることを説明した。

水平線に赤いラインが鬼火のように明滅しだすと機関室からエンジンの廻転が響きだす。最初の銅羅が暁を破ると見送人達は鉄梯子を下りて対岸に並ぶと、二度目の銅羅と一斉にわめき出す。下甲板の新嘉坡へ行く印度の行商人相手の物売りが上陸してしまうと汽笛が垂直に空から落下傘となって人々のうえに舞いおりる。