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ボンベイそうわ

孟買挿話

吉行 エイスケ

「文芸都市」昭和4年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,299 字 · 20 页

青空文庫

――Y、妾を伊達の花嫁と思ってくれない?

――アダ、貴女の浮気の虫はいつまでたってもなおらない。

――妾は貴方を愛する。無我夢中で。

と、アダが云った。

私は後尾甲板のソファにもたれている。午後三時、太陽が黄色に沈む。アラビア海の鱶の大群が白い尾を暮色に飜す。旧教の尼僧が静粛に聖書に読み耽っている。アダがマルセーユあたりの歌劇女の着る巴里風の意気な衣裳をつけてやってくる。ボーイが炭酸水とウイスキーを籐の卓子に置いて去ると、恋は異なものね、と云うような顔附をして炭酸水にウイスキーを入れたコップを涼しげにのむのであった。それから私達は骨牌で狐と狸という競技をするのだが、狐になったずるい彼女のために散々狸の私は打ち負かされてしまうのであった。

――アダ、貴女はずるい! いまになって貴女の深いたくらみが私には分ってきた。

――妾は深いたくらみを持っているのです。Y、貴方が妾を愛するまでは。

ゴールブル山脈に熱帯風が吸いこまれて、午後の強風に身を揺られながら私達はいつとはなしに深い愛情を感じていた。