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たぬきじる
完本 たぬき汁
佐藤 垢石
佐藤垢石『完本 たぬき汁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:たぬき汁、『七面鳥』と『忘れ褌』、海豚と河豚、うむどん、縁談、議会見物、採峰徘菌愚、酒渇記、酒徒漂泊、すっぽん、増上寺物語、淡紫裳、探巣遅日、盗難、濁酒を恋う、にらみ鯛 、春宵因縁談、姫柚子の讃、美音会、みやこ鳥。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 页
『どうもありがとうございます』
と、玉汗は重ねて言った。しかし、事務室も暗い。また、そとも暗い。事務室の暗の主は、どんな人であるか分からないのである。声の色で判断すると、若い人のようでもあり、黒い手の色から考えると、年配者でもあるらしい。
銀平も私も、暗のなかで黙って頭を下げた。窓の人は、そのまま黙って暗のなかへ引っ込んで行ってしまったのである。小使室の前へ立ち戻って、遠く榾あかりで透かしてみると、玉汗の手にあるものは、五十銭銀貨であった。
――奇特なことである――
私は感激して、心にこう思ったのであるから、銀平も玉汗も同じ思いであったろう。
五十銭あれば安心だ。どこか木賃宿でもみつけよう、ということに相談一決した。往還へ出て路ゆく人に尋ねてみると、この宿の西の出はずれに、上州屋といって昔は、つまり汽車という交通機関がこの土地へ通じる前は、大きな立派な宿屋であったけれど、いまでは木賃宿というほどではないが、まあ安直の諸国商人宿風の店があるから、訪ねて行ってみるがいい。話のしようによれば、米も炊いてくれるだろうし、布団も貸してくれるだろう、と親切に教えてくれた。