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たぬきじる

完本 たぬき汁

佐藤 垢石

佐藤垢石『完本 たぬき汁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:たぬき汁、『七面鳥』と『忘れ褌』、海豚と河豚、うむどん、縁談、議会見物、採峰徘菌愚、酒渇記、酒徒漂泊、すっぽん、増上寺物語、淡紫裳、探巣遅日、盗難、濁酒を恋う、にらみ鯛 、春宵因縁談、姫柚子の讃、美音会、みやこ鳥。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 页

青空文庫

昨夜おそく仕事から帰ってきて、僕が茶の間の餉台の前へ胡座をかいていると、女房が片口を持って玄関の方へ出て行った。すると、ややあって、ゴクという音がするのだ。それから、二息三息してからゴクという響きがする。女房が、樽の口を引いたらしいのだ。折りから夜半の一時近い頃だから、近所となりは深閑としている。ゴク、という音が玄関の三和土の土間に反響して、何とも快い律調を耳に伝えるじゃないか。この音を聞いただけで、もう僕は往生を遂げても、かまわんと思ったよ。それから、いいあんばいに燗をつけて、一献咽へ奉ると、その落ちのいいこと。どうだい、君も一本四斗樽と買い込んでは。

冗談じゃない、俺にはそんな銭はないよ。それは気の毒だ。では夜半すぎに毎晩僕のところの玄関の外へきて、あの音だけを聞いて楽しむことにしてはどうだ。こんな訳で爾来毎日、友人はまことにいい気持ちになっているのである。いよいよ清酒が飲めないことになれば、私は濁酒でやろうかと考えている。濁酒の味も捨てたものではない。濁酒を燗鍋で温めて飲むのも風雅なものだ。私の子供の時分には故郷の村の人々は自家用の醪を醸造しては愛用していた。