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ほうえいふんか

宝永噴火

岡本 かの子

「文学界」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,505 字 · 62 页

青空文庫

かくて慧鶴は思い切って馬翁に暇を告げ桜の頃檜木村をあとにして、雲水の旅に出かけた。

まず、美濃の国中で評判の寺々を歴訪して師家と名の付く老僧たちに会い、疑いのあることは問い、修業の方針を教えられたりしたが、どれも腑に落ちるものはなかった。中にはただ座禅して無心になっているその生活中に解脱や安楽があるのだと説くものもあった。そしてこの種の禅が随分処々に流行っていた。慧鶴はそれでは満足しなかった。掌に載せた真桑瓜のその色を見、その重さを感ずるようにわが五感の感覚や意識で明白に解脱の正体を見きわめなければ安心出来なかった。この肉体さえも仏陀と等しき不生不滅の性質や働きを得なければ究竟とは考えられなかった。

つまり初一念の希望の通りに還ったのである。そしてこの慾望を飾りなく訴えると老僧たちは黙ってしまうか、馬鹿にして笑うかの外答えなかった。慧鶴は時に落胆したり、時に怒ったりしたが、しかし、結局は現実の老僧たちの態度よりも馬翁の許の虫干で拾った「禅関策進」の中に書いてある文字上の歴史の人々の事蹟言行を信じた。解脱の正体はすべて象徴的な言葉をもって述べられてはいるに違いないが、しかし体験としては歴々として掴んでいるもののあることはどの人の上にもほぼ推測が出来た。