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ふじとざん
富士登山
高浜 虚子
「ホトトギス 第十九卷第十二號」1916(大正5)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,282 字 · 9 页
霧はもとより行方ばかりでなく脚下までも包んでしまっている。私の眼界は方数間に限られている。私は只一人其中に立って痛いほどの冷たい雨に躯を打たしている。そこには一点の塵気を止めようとしても止めることの出来ない潔い心持であった。然し此の天候は長くは続かないで屏風岩はだんだんと其姿を現わして来て雨も小降りになって来た。只寒さは、それ以来著しく強くなったので、銀明水の辺も急いで過ぎ去ってしまって、頂上の岩室に辿りついた。二三人はすでにそこにあったが、他の人も二十分三十分、遅くも一時間位の相違でだんだんと皆到着した。鳴球君だけが肥大の躯を持て除して七合目か八合目かの岩室に止まった。
頂上の岩室は数が多い許りで、其末さは七合目等のものと似たり寄ったりであった。われ等は晩飯をすますと皆草鞋を穿いたままで蒲団にくるまって寝た。寒気はいよいよ激しくなって枕元に置いた土瓶の上に飲みすてた茶碗をうつむけて置いたのが、忽ち凍りついいたのには流石に驚かれた。一行中の二三人がもういびきをかいて寝ている時分に、私は急に大便を催したので岩室を出て外廁に行った。廁というのは岩の上に木を組みたてて出来ているものであって、下から吹き上げて来る風は膓から脳天にまで滲みこむように冷たかった。