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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

「福慈の山、福慈の神、おまえは冷たい。骨の髄に浸みるまで冷たい。えい、冷たいままで勝手におれ、年がら年中冷たい雪を冠っておるのがいいのさ。草木も懐かぬ裸山でおれ。凍るものから、餌食を見出して来やがれ」

ぺっぺっぺっと唾を三度、庭に吐き去りかけたが、ふとそこに落ちている小石の一つを拾って手早く懐に納め、

「ざまを見よ。やあいやあい」

といって出て行った。

この山の祖神の福慈の神に対する呪詛の言葉を常陸風土記では、

汝所レ居山、生涯之極、冬夏雪霜、冷寒重襲、人民レ不登、飲食勿レ奠者

という文字で叙している。またこれにより富士は常に白雪を頂き、寒厳の裸山になったのだ、と古常陸地方の伝説は構成している。

東国へ思い捨てたこどもに邂逅う望みを、姉の福慈岳の女神に失望した山の祖神は、せめて弟に望みを果し度いものだと、なおも東の方を志して尋ね歩るき出した。姉に訊いたら、あるいは消息を知ったかも知れないが、薄情を怒るどさくさ紛れに、つい訊くのを忘れたのを今更残念に思うものの、取って返して訊き直すこともならない。山の祖神の翁は行き合う人に訊ねることを唯一の手がかりにしてひたすら東の方にある山を望んで足を運ばせた。