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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
厠神の植山姫、水匿女も永く場を塞がれて手を焼くそうであるという。
若い瞳がうち看守る八つの湖、春を敷妙の床の花原。この間にところどころ溶岩で成れる洞穴があった。形よき穴には生けるものが住んでいた。形悪しきには死にかかっているものが住んでいた。
彷徨いあぐねてこの洞穴の一つのまえを通りかかった水無瀬女は、穴の中からき声に混ってこういうのを聞いた。
「あの方は、いのち、いのちというが、ああ、いのちは、健康であるときにのみ有意義なのだ、この病める姿の醜さ。昼も夜もそのための尽きぬ嘆きに、ああ、わたしは、わたしに残れる僅かないのちの重味にさえ堪え兼ねている」
「この堪えられない程、烈しい息切れと、苦しい動悸のする身体。つくづく情無さを感ずる。呼吸を吸い込むと胸の中に枯枝か屑のようなものがつかえ、咽喉はいらいらと虫けらが這うように痒い。その不快さ。咳、濁って煤けた咳。六つも七つも続けさまに出る。胸から咽喉へかけて意地悪い痩せこけて骨張った手が捏ねくり廻しているようだ。辛い。わたしは顔をしかめる。思わず口を醜く開く。さぞ醜いさまだろう。この辛さ醜くさを続けてまで、いつまであの方はいのちを担って行けといわれるのだろうか」