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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

「こいつ等が、咽喉にうにょうにょして停滞しているときは、全く無作法な獣たちですね。私はそれが邪魔だから吐き出す。だがその度びに私から獣としてのいのちは吐き出されて行き、そのあとに果して人間のいのちが私に盛り上って来るか判りゃしません。いくらあの方が神仙の乳を飲まして下すったって……」

いうことがどういうふうに女に響くか窃視したのち、

「ねえ、お嬢さん。それで私はこの憎らしい、私を苦しめる痰を、吐き出すときに、一々、舌の上に載せて味ってやるんですよ。獣のいのちの名残りにしてそれには淡く塩辛いのもあり、いくらか甘くて――」

といいかけたとき、女は急いで袖を自分の鼻口に当て手を差し出して止めた。

「もういいもういい。話は判っててよ」

女は、この類いで、この若き獣神が生きとし生けるものの醜悪の底の味いを愛惜し、嘗め潜って来たであろうことを察して、悪寒のある身慄いをした。と同時に不思議や亀縮んでいた異性に対する本能の触手が制約の撻を放れてすくと差し延べられるのを感じた。

男は苦しく薄笑いしながら、

「じゃ、こんな話は止めにしましょう、だがね、お嬢さん、洞の外は、すっかり春でしょう。