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てらだせんせいのついおく
寺田先生の追憶
中谷 宇吉郎
――大学卒業前後の思い出――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,152 字 · 26 页
その頃物理の畏敬すべき先輩が恋愛事件で失脚されたことがあった。その事件をいつまでも如何にも楽しそうに蒸し返し繰り返して非難することによって、自己の道徳が堅固であることを誇示するつもりになっていた先生方が、大学の中にもあったそうである。それからこれも末期の現象の一つであったのであろうが、東京の下町などには、女髪結のような職業の人たちにいやがらせをやって生活していた自称愛国団体の下っ端の連中があった。こういう人たちの話が稀に出ることがあると、先生は妙に興奮気味の口調で「僕はああいう人たちには、どうにも我慢が出来ない」と言われた。そして「寺田君の説によると、泥棒をする男は皆善人なのだそうだ」という風に意地の悪い人たちから言われても、平気な顔をしておられた。これは推測であるが、そういう風に言われると、かえって内心少し御得意のようでもあった。
先生のこういう気持も、それぞれの形で、私たちの心に伝えられて今日まで育って来ている。私などは悪い弟子で、それが少しこじれて、時々奇矯の言を弄して損をすることもあるが、神聖なものに対する畏敬の念という一番大事なものを教わったことをいつも内心では喜んでいる。