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てらだとらひこのついそう

寺田寅彦の追想

中谷 宇吉郎

「寺田寅彦の追想」甲文社、1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,683 字 · 40 页

青空文庫

は、その後ずっとこの方面の研究の基礎となっているブラッグの研究と殆んど同時に、むしろ少し先んじてなされた研究であった。その研究の如きも、医学部で使い古した廃品に近い状態のX線管球を貰って来て実験をされたのであった。

大正十四年に理研の研究室が、とにかく仕事を始めるまでに整備されると引きつづいて、翌十五年の一月には、地震研究所が完成して、先生はそこでも所員として、研究室を持たれることになった。そしてその年の四月、新しい卒業生が出ると、その中から、坪井忠二君を地震研究所に、筒井俊正君を理研に、玉野光男君を航空研究所にと、それぞれ配置されて、此処で寺田教室の研究陣が一通り揃うことになった。大学ではその外に湯本君が海軍の嘱託として水素の燃焼の研究をつづけ、桃谷君が大学院学生として、霜柱の研究の準備実験たるリーゼガング現象の研究をしている。それから二年目の学生の実験にも、器械は使わないがちゃんとした研究題目を与えておられた。

十五年二月の日記には、研究題目と担当者のリストがあり「これでもう手いっぱいになった」と記されている。

┌中谷  Spark

理研 ┤