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てらだとらひこのついそう

寺田寅彦の追想

中谷 宇吉郎

「寺田寅彦の追想」甲文社、1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,683 字 · 40 页

青空文庫

この珍事件のことは、思想の『寺田寅彦追悼号』に野上豊一郎さんが書かれるまでは、全然知らなかった。先生が理研へ入られない前のことというのであるから、大正十三年の正月から早春にかけた頃のことであろう。先生が法政大学の野上さんに「お願いがある」と電話をかけておいて訪ねて行かれた。そしていきなり「僕を君の学校で使ってくれないか」と言われた。実は不愉快なことがあるから大学を止めようと思う、法政大学の予科では物理は教えてないかときかれたそうである。予科では物理を教えていないというと、それなら自然科学でも数学でもよいと言われたので、野上さんはひどく驚かれた。しかし法政にとってはこれは大変うまい話なので、学長から会計主任まで相談して、待遇案も出来上がり、野上さんがその案をもって先生を訪問された。そうしたら「寺田さんはきまりのわるそうな顔をして、実は君、甚だすまないが、その話はちょっと見合わせてもらえまいか」ということになり「鳶に油揚をさらわれたよう」なことになってしまった。実はその間に理研入りの話があったので、野上さんもその方が先生のためにはよかろうと思って「持って行った話はあっさり引っ込め」