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てらだとらひこのついそう

寺田寅彦の追想

中谷 宇吉郎

「寺田寅彦の追想」甲文社、1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,683 字 · 40 页

青空文庫

今後のわが国の科学は、好むと好まざるとに拘らず、日本的な科学になるより仕方がないことになるのであろう。

ところがこの頃の要路の人たちの科学振興論は、きまって世界的な科学というような言葉を口にしている。それで文化日本を再建しようというのであるが、私にはまるで空虚な議論としか思われない。日本科学など口にすべからざる非常時に、日本科学を疾呼し、今世界科学に伍し得ない国情に陥った時に、世界科学を論ずるのは、いずれも言葉の遊戯である。或いは生活の資料であるのかもしれない。

問題は結局、本当のところ、新しい意味での日本物理学というものが、成立するか否かにかかるであろう。それについては、実は前から少し考えていたのであるが、おぼろに黎明を感じているだけで、未だその可能性を言い切るまでには到っていない。昭和十年の二月といえば、支那事変より二年前のもう旧い話であるが、その頃の東京朝日に次のような一節を書いたことがある。

『思想』十一月号の和辻氏の『牧場』は面白い。欧州ではローマの唐傘松が自然の姿であるが、日本では襖絵のうねった松の形が自然である。自然が従順であることは自然が合理的な姿に自己を現わしていることで、その見解から欧州の自然科学の発達の経路を理解することが出来るというのは一応考慮すべき意見である。