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てらだとらひこのついそう

寺田寅彦の追想

中谷 宇吉郎

「寺田寅彦の追想」甲文社、1947(昭和22)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,683 字 · 40 页

青空文庫

この意味で日本的な物理学の発達もまた不可能ではない。その一つの試みと見られるものは、理研の寺田寅彦博士の研究室の業績である。

その例としては、割れ目の物理学や粉体の力学などが挙げられるであろう。原子の世界においては確率のみが自然法則として成立するのに対し、割れ目の物理学はわれわれの経験世界における確率の物理学の一つの姿である。理研彙報に邦文で発表されている『割れ目と生命』の論文の如きは一部の読者には興味があることであろう。

先生はいつか「物理学者としては随筆など書くような不幸な目にはなるたけならば会わない方が良いのだ」という意味のことを言っておられた。物理学においても肩書のつくような物理学を考えなくてもいい時が、一番幸福な時代なのである。しかしわれわれの祖国は日本物理学というようなことを考えなければならないような不幸な境遇に落ちてしまったのである。『寺田寅彦の追想』を書いているうちに、筆がいつかそういう方面に向いてしまった。「寺田寅彦の再認識」という言葉を、そういう悲しむべき事情の下で口にすることは、まことに淋しいことであるが、現実を直視することも、先生の遺訓の一つであるから、致し方がないであろう。