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ちいさきなにも
小さき花にも
豊島 与志雄
「光」1948(昭和23)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,115 字 · 21 页
気がついてみると、片手を手塚さんの両手で握られていた。身動きが出来なかった。何かで身体を縛られたようだった。ふいに、手塚さんの汗ばんだような生温い掌を感じて身体の縛めが解けた。私は手を引っこめた。二三歩しざった。
手塚さんは、膝頭に肱をつき、両手を額にあてて、顔を伏せている。
私は階下へおりて行った。口惜しさが胸にこみあげてきた。何か一言、言ってやりたかったのだ。どんな一言か、それは考えても分らないが、どんなことでもいい、言ってやりたかったのだ。なぜ黙っておりて来たのだろう。私はむしゃくしゃした気持ちになった。汚らわしかった。手を洗った。外に出た。
冷やかな外気を深呼吸していると……突然、あれがまた、眼の中に蘇ってきた。
桜の古木がそこにあったのが、いけない。桜の古い幹は、どうしてあんなに醜いのだろう。若木は艶やかだが、古い幹となると、かさかさで節くれだち、垢が鱗のようにつもってるとも言えるし、皮膚病のかさぶただらけとも言えるし、見られたざまではない。散りやすい優しい花がその枝に群れ咲くのが、ふしぎに思える。
裏口の横手のあらい竹垣の外が、建物疎開跡の空地になっていて、その隅っこに、桜の古木がある。