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ちいさきなにも

小さき花にも

豊島 与志雄

「光」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,115 字 · 21 页

青空文庫

たいへん古い木とみえて、上の方は枯れ朽ち、横枝を少しく茂らしている。その古木のそばに、私はあれを見てしまったのだ。ちょっとした洗濯物を干し忘れてる気がして、夜中に雨でも降るといけないと思い、取り込みにいった。おぼろな月明りだった。洗濯物は見当らなかった。そんな筈はないと思いながら、しばらく貯んでいると、竹垣の彼方の桜の木のところに、何か眼につくものがある。気味わるかったが、竹垣からのぞいてみた。ぞっと背筋がつめたくなった。

月の光りがささない桜の木影に、その幹によりかかるようにして、ぶら下っている。白い単衣のひとだ。私は息をのんで、走り去ろうとしたが、次の瞬間、見違いだと分った。ぶら下ってるのではなく、二人抱き合って立っているのだ。でも、一人は後ろから首を宙に吊されてるように頭をがくりと垂れ、一人は前から首を宙に吊されてるように頭をがくりと上げ、そしてキスをしていた。背丈がちがうのだ。やがて、二人は離れて、月の光りの中に出て来た。それが、手塚さんと姉さんだ。

私は恥ずかしかった。キスそのことではない。キスなどは映画でいくらも見ている。恥ずかしかったのは、手塚さんと姉さんとのキスが、醜くてグロテスクだったこと。