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ちいさなできごと
小さな出来事
寺田 寅彦
「中央公論」1920(大正9)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页
この試験の結果は熱心な期待を裏切って、虫は死んでしまった。それにもかかわらず、美しい五彩の簑を纏うた虫の心象だけは今も頭の中に呼び出す事が出来る。ところが、つい近頃私の子供等がやはり祖母にこの話を聞いて私の失敗した経験を繰返していたようである。いったいこの話は事実であろうか。事実であるとしても稀有な事であるか、それとも普通な事であろうか。私の母自身にも実際自分で経験したのではないかもしれないが、つい今までそれを確かめてはみなかった。また別に今すぐ確かめようとも思っていない。そういう種類の事が容易くたしかめられようとは思わないからである。
こんな事からつぎつぎに空想をたどりながら、私は人間のあらゆる知識に関するいわゆるオーソリティというものの価値に考え及んだ。そして考えれば考えるほど、今まで安心だとばかり思っていた色々の知識の根柢が、脚元からぐらついて来るような気がした。しかしその時考えた事はここに書くにはあまりに複雑でそしてデリケートな、そして纏りのつきかねるものであった。
このような事を考えた翌日の同じ時刻に私は例のように二階の机の前に坐った。