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ちいさなたび

小さな旅

富田 木歩

「俳句世界」1918(大正7)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,532 字 · 6 页

青空文庫

対岸には夕焼の残映が漂っている。聲風兄の家は彼の辺かと首を伸ばして見やったけれど解らなかった。墨堤の桜は悉く葉になって一片の落花さえ止めない。俥は家路へ真っ直ぐに辿る。私はふと小松島附近の青蘆が見たくなったので「家につくまでに暮れるでしょうか」と訊くと良さんは「暮れませんよ」と云う、で、早速俥は引き返された。間もなく白鬚も後にして諸会社から吐き出された職工達の芋を洗うようにこみ合う中を縫うて進んだ。

蘆はたまたま家並の間に僅か許り見られるだけで物足りない。夕空には夜の色が静かに滲み出て頭上を掠め飛ぶ蝙蝠の影が淋しい。

川蘆の蕭々として暮れぬ蚊食鳥

蝙蝠の家脚くゞる蘆の風

行けども行けども思うような蘆が見られないので引き返そうかと思ったが断行もしかねていた。

蘆の中に犬鳴き入りぬ遠蛙

併し、展けた。遂に大蘆原が眼前に展けて来た。私の心は躍った。折しも輝き出した星の色は私の心の喜びの色か。

行く春や蘆間の水の油色

思い残すこともなく帰途についた。三圍神社の蓮池には周囲の家の灯影が浮いて蛙が鳴いている。其角堂では今頃何をしているだろうか。

青蘆に家の灯もるゝ宵の程