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こいわいのいっか

小祝の一家

宮本 百合子

「文芸」1934(昭和9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,193 字 · 31 页

青空文庫

雑誌を草で被い、カラーのところや裾の切れた外套をその上にぶっかけ、立小便をするような姿勢できき耳を立てた。

小枝を踏み折って二三人の跫音と女の笑い声がだんだん近づいた。平地のところまで来ると、迷っている風であったが、左の方へそれて、やがて跫音も賑やかな女の声も勉のところからは聞えなくなった。

仕事がすむまで二時間ばかりかかった。その間に、学生達はもう一度口笛で、その雑木林へ人が入って来ることを勉に知らせたのであった。

勉は、その晩乙女に感動をもって、この若い学生達の示した支持について話してきかせた。部屋のいることをも、そのとき話したのである。

髪にウェーヴをかけたため、面変りして見える乙女が、夜更けてかえるときっと一度は勉のテーブルの横へ立ち、気疲れで乾いた唇をなめなめ低い声でその日「麗人座」での出来事を話した。

「赤旗の歌なんか唄う民主主義者も来るよ。手っ頸の傷を女給にみして、拷問の跡だって威張ってた」

「――ふうむ」

「あたい癪だった――皆そんなんかと思うだろうと思ってさ」

祖父ちゃん祖母ちゃんが来て暮すようになってから、すっかり睡眠不足になった勉は、頻繁に耳のうしろの傷を押えながら、むっつりして乙女の云うことを聞くだけで、自分から決してカフェーの模様など訊こうとしなかった。