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しょうせつちゅうのおんな

小説中の女

豊島 与志雄

「サンデー毎日」1923(大正12)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,887 字 · 16 页

青空文庫

翌日の朝から書き初める筈のその小説は、頭の中では大体出来上っていた。けれどもただ一つ、未だにはっきりしない点が残っていた。それは小説の中に出てくる女性みさ子の面影だった。みさ子は現代的な若い女性で、理知的な顔立に一味の憂鬱を湛え、皮肉と温情とが適度に交り合い、眼尻に微笑の影が漂い、口元がきっとしまって、白い歯並が少し乱れ、すらりとした身長で、心持ち跛足でなければいけなかった。がさて、それだけのことははっきり分っていながら、それを頭の中に浮べようとすると、どうも面影が生き上ってこなかった。こうだああだと細かく線を引いてみても、全体の立像がはっきり浮び上ってこなかった。……然し、ぼんやりした靄越しに、彼女がすぐ其処に立ってることを、私ははっきり知っていた。靄がすっと消えていって、今にも彼女がまざまざと現れてくるかも知れなかった。星雲から星々の形体が凝結してくるように、ただ一面にもやもやとしたものから、次第に一つのまとまった形体が刻み上げられる、それが普通の径路である。私はそういう時を待ちながら、或る焦燥と興奮と期待とのうちに、まだ形を具えないみさ子の姿を心で見つめていた。