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しょうせつちゅうのおんな
小説中の女
豊島 与志雄
「サンデー毎日」1923(大正12)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,887 字 · 16 页
ただ不思議なのは、鎌倉からその時まで、どうして彼女に気付かなかったのだろう? 彼女は何処で汽車に乗ってきたのだろう? 鎌倉よりも前から乗ってたのだろうか、或は鎌倉で私と一緒に乗ってきたのだろうか?……でもそんなことはどうでもよかった。彼女が果してみさ子であるかどうか、それが最も肝要なことだった。横顔でそうだと思ったのが、正面から見ると全く別人であるようなことも、よくありがちである。期待通りになるか或は期待が裏切られるか、それに対する不安の念から、私は先ず車室の中を見廻してみた。
文学通らしい三人の青年、会社員風の二人の男、料理屋の女中と番頭といった風の男女、実業家らしい半白の男、三人の海軍士官、それだけが全部の乗客で、飛び飛びに腰掛けながら、ひそひそと話しているのもあれば、退屈げに窓の外の闇を透し見てるのもあれば、夕刊を拡げてるのもあったが、多くは窓にもたれてうとうとと居睡っていた。そして誰も私の方へ注意してる者はいないらしかった。車室内の空気までが静かでぼんやりしていた。で私は安心して、斜向うの彼女をじっと見調べてやった。
彼女は見た所、二十七八歳くらいらしかった。