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しょうねんのし

少年の死

豊島 与志雄

「新潮」1916(大正5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,400 字 · 27 页

青空文庫

「何でも好きな物を云えよ。」

「幾許持てるんだい。」と惣吉は不思議そうな顔をした。「そんなら餡麪麭を買ってこいよ。」

庄吉は十銭だけ餡麪麭を買って来て皆で食べた。

金さんの妹が帰って行くと庄吉は急に淋しさを覚えた。そして今迄知らなかった強いお化粧の匂いがいつまでも彼の鼻に残っていた。彼はその頃から、道を歩くにもじっと人の顔を覗いて通った。首を少し前につき出して、通る人の顔や懐の当りをじっと見てやるのが、何だか嬉しくてたまらなかった。そっと覗き見らるるようなものが至る所にあった。

聴覚と視覚とが鋭く庄吉に発達してきた。其処から一種の力が彼の心に湧いた。そしてその力が、或る神秘な、運命とでもいったようなものに絡みついていった。

庄吉は何気ない風をしながらそれでも耳を澄まして、大留の家の中をあちこち歩き廻った。それからまたよく朝晩などみよちゃんの姿を物影から貪るように覗き見た。然し彼が一番胸を躍らすのは、夕方、仕事場から帰って来て家に入る前に、一寸佇んで家の中の様子に耳を傾けることであった。いつもまた新らしい話が自分に就いてなされているような気がした。そしてまた、何か新らしいことが一日の間に家に起っていそうな気がした。