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びょうぶはたたまれた

屏風はたたまれた

山本 周五郎

「文藝春秋」文藝春秋新社、1957(昭和32)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,953 字 · 24 页

青空文庫

十年ちかく経ったいまでもわからない。記憶にあるのは、耳もとで囁かれた喉声と、熱い肌と、小柄で柔軟な躯つきだけである。その女は闇の中へ音もなくあらわれ、いつも夜の明けるまえ、弥十郎の眠っているあいだに去った。こっちから話しかけても、よけいなことは云わなかったし、七日めの晩、それが最後だとわかっていたのだろうが、別れの言葉さえ口にしなかった。

――どういう女だろう。

彼は父と母とに訊いてみたが、父も母も教えなかった。母は「まったく知らない」と云うし、父は「忘れてしまえ」と云うだけであった。

「いまのおれは」と駕籠の中で彼は呟いた、「さしずめあのときの女のような役なんだな」

いやそうではない、と彼はすぐに否定した。あのときは「式」にすぎなかったが、こんどは求められたのである。しかも自分も平気ではなくなったらしい、少なくとも今日でかけて来た気持は平静ではなかった。それは認めなければなるまい、と彼は自分に云った。

駕籠は思川の袂でおりた。橋を渡って少しゆくと、手紙にしるしてあったとおり、右側の隅田川に沿ってその茶屋があり、門柱に「川西」と書いた行燈が出ていた。