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びょうぶはたたまれた

屏風はたたまれた

山本 周五郎

「文藝春秋」文藝春秋新社、1957(昭和32)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,953 字 · 24 页

青空文庫

五十余日のあいだに十回も逢い、肌まで触れあったが、相手がどこのどういう人間であるか、ついに知る機会がなかった。そうして、そんなふうに忽然と消息を絶ち、あった事実までが消されてしまったが、弥十郎にとっては、非現実のような感じはどこにもなかった。初めからすべてが計画されたものであり、――その計画がはたされたか、あるいは障害が起こったためであるかは不明だが、いずれにせよ逢うことのできない状態になった、ということであろう。ゆきという婦人も千夜も、現にこの江戸のどこかにいる。中村座の茶屋と「川西」で逢ったことも間違いはない。かれらが事実を否定することは、初めから計画されていたのだ。係りの女中なども、よそから雇ったものであろう。それに相違ない、と弥十郎は思った。

――必ずなにかたよりがある。

ゆきという婦人はともかく、千夜だけはこのままで終ることはできない筈だ、いつかきっとたよりをよこすにちがいない。弥十郎はかたくそう信じていた。

十一月になると、北島から祝言をあげてもよいといって来た。半年保養のつもりだったが医者がもう差支えないと云ったそうで、中旬すぎたら式を挙げたいというのである。