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やまのこんじゃく
山の今昔
木暮 理太郎
「山岳講座」1936(昭和11)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,554 字 · 42 页
から、思うのである。
然しながら行者が山に植えた勢力は誠に根強いものであった。芦安の名取直江という人が明治四年に開いた白峰北岳は、登山者がないので間もなく荒廃したというが、明治十九年に敬神講の先達原丈吉という人の開いた赤石、奥西河内、悪沢の三山を含む連峰へは、三十四、五年頃まで講中の信徒が相当に登山したものであるという。しかも赤石岳には明治十二年には既に内務省地理局の測量標が建てられていたのである。これでは、あわよくば綱を用いて嶮崖絶壁を登降することに慣れていた岩茸採りや、藁履に※(「木+累」、第3水準1-86-7)をはいて雪中にも登山していた猟師までも応援に引張り出して維新前の岩登りや、雪中登山の可能性にまで筆を駆ろうとした私も、想像の翼を歛めて已ぬる哉と諦めなければなるまい。宗教的登山に終始した維新前の登山には、大なる変遷の有る可き筈は無かった。
とはいえ、前述の記事からも略ぼ推察し得る通り、全国に亙りて目ぼしい山は殆ど皆登られている、唯後に日本アルプスと呼ばれるようになった高峻山岳の地域のみが全部ではないけれども、維新後に始まる新らしい登山の舞台として残されていたのである。