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やまのてのこ

山の手の子

水上 滝太郎

「三田文学」1911(明治44)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页

青空文庫

ここにいらっしゃい」

とお鶴はいつも私をその膝に抱いて後から頬ずりしながら話の中心になっていた。私はもう汗みずくになって熊野神社の鳥居を廻って鬼ごっこをする金ちゃんに従って行こうとはしないで、よくはわからぬながらも縁台の話を聞いていた。もちろん話は近所の噂で符徴まじりのものだった。「お安くないね」「御馳走さま」というような言葉を小耳に挾んで帰って、乳母に叱られたこともあった。若い娘の軽い口から三吉座の評判もしばしば出た。お鶴は口癖のように、

「死んだと思ったお富たあ……お釈迦様でも気がつくめえ」

とちょっと済ましてやる声色は「ヨウヨウ梅ちゃんそっくり」という若者たちの囃す中で聞かされて私も時たま人のいない庭の中などでは小声ながらも同じ文句を繰り返した。尾上梅之助という若い役者が三吉座を覗く場末の町の娘っ子をしてどんなにか胸を躍らせたものであったろう。藤次郎の背に乗った私は、「色男」「女殺し」という若者のわめきにまじる「いいわねえ」「奇麗ねえ」と、感激に息も出来ない娘たちの吐息のような私語を聞き洩らさなかった。私もいつも奇麗な男になる梅之助が好きだったけれどあまりにお鶴がほめる時は微かに反感を懐いた。