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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

落着いていると言えばそれまでだが、思いつめているのとは違うようだ。追手が来たら、のこのこ連れ戻されるだろうし、さあこれからすぐに、と私が言ったら、殆んど無関心に、つまり無意味に、一緒に死んでくれるかも知れない。そんなのは、思いつめてるんじゃない。思いつめてるのだったら、積極的に、私を死へ誘う筈だ。

いいえ、私はもう一緒には死なない。その代り、月夜の湖畔の散歩には、連れてってあげる。

停電のあとで電燈がついたような、ぱっと明るい月夜だった。旅館の前は広場で、この山間を走ってるバスの事務所があるが、それはもう閉め切ってあり、旅館は一つだけで他に人家もなく、人の姿は全然見えず、暗い木立の向うに、湖水がきらきら光っていた。

「わりに暖いね。」

丹前の肩からずり落ちそうなオーバアの、胸の釦を一つ平田はかけている。物を考える人の姿じゃない。

私はスカーフの中に深々と、頬まで顔を埋めて、ゆるい斜面を湖水の方へ下っていった。道路からそれて、湖岸の砂地に立った。冷々とした空気が湖上から流れてくる。

平田は煙草を取り出して、私にも一本すすめた。ライターの火が螢の光りほどに淡く見える。