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やまもとゆうぞうしのきょうち
山本有三氏の境地
宮本 百合子
「文芸」1937(昭和12)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,155 字 · 32 页
勇造の父親が、息子に学問を許さなかった心持、生意気になると、憤激をさえもってそれを阻止した心持、そこには何があったのだろう。
この作家の少年時代の好学心の具体化は常に父親のそういう態度との挌闘をもって、苦学の実力でもって結果的に闘いとられて行った跡が見える。十八の年、幾度か父親と衝突した揚句、漸く母のとりなしで上京。正則英語学校予備校に入ったこの時の有三は幾何というものを知らなかった。それを幾何と読んで友達に笑われた。だが、翌年の秋には、東京中学の五年の二学期の補欠試験に合格している。六高に入った時、「父はじめて喜ぶ」と特記されているのであるが、秋に「父が死去したので、入学を取消し、家事の後始末をするため、荷物を背負って商いをやる。」一九〇八年。「家事整理の傍ら、受験勉強をなし、再び高等学校の入学試験に応ず。学科試験には優良の成績で及第したが、体格検査の時、風邪をひいていたため、病弱修学に堪えざるものとして不合格となる。体格の再検査を願ったが許されなかった。」
一九〇九年。三度高等学校の入学試験を受け、一高文科に入学。
一九一〇年。ある独逸語教授の非常識な採点法によって、学年試験に三十五人のうち十七人落第させられる。