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やまつばき

山椿

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1948(昭和23)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,911 字 · 32 页

青空文庫

彼女はかなり部厚く巻いた書簡を、俯向いたまま主馬のほうへ差出した。

「念のために読ませて貰う」

彼はこう云ってそれを披いた。きぬの膝から肩へかけて、絶えず細かい戦慄がはしる。浅い急速な呼吸のために、胸がはげしく波をうつ、そして庭の椿のあたりでは、けたたましい猫の叫びが続いていた。

「私はもう止めない」主馬は読み終ったものを巻きながら云った、「そのほかに途はないだろうと思う、身じまいをして白無垢に着替えておいで、仏間へ支度をして置くよ」

夜明け前に医者が呼ばれて来た。太田順庵といって、亡くなった父とごく親しかった老医である、主馬は妻の居間へ案内した。二人はかなりながいことそこにいた。そこから出て来たとき、順庵は首を振りながらこう云った。

「亡くなってから一刻も経っている、ふん、この病気には耆婆でも扁鵲でも手が出ない、さよう、すぐ納棺するんだな」

老医は耳が遠いので声が高かった。

「この病気で死ぬと、二昼夜は躯から毒が出る、納棺したらすぐ蓋を閉めなさい、決して蓋をあけてはいけませんぞ、この毒を吸ったらそれで、――」こう云って、白髪の頭を振った、「いいかな、貴方が独りでしなされ、そこは夫婦の情だ、ふん、が、忘れても他人を近寄せてはなりませんぞ、御係りへはわたしから届ける、もう一つ、麝香をきなされ、無ければ持たせてよこす