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やまごしのあみだぞうのがいん

山越しの阿弥陀像の画因

折口 信夫

「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页

青空文庫

その同じ程度の知識は、多くの見物にも予期出来るものであって、そうした人達は、見ると同時に、作者の計画を納得するという風に出来ていた。其が、綺堂の新歌舞伎狂言の行われた理由の一つでもあった。何しろ、作者と、読者・見物と並行しているという事は、大衆を相手にする場合には、余程強みになるらしい。その書き物も、其が歴史小説と見られる側には十分、読本作者や、戯曲における岡本綺堂が顔を出して居る。だが、私共の書いた物は、歴史に若干関係あるように見えようが、謂わば近代小説である。併し、舞台を歴史にとっただけの、近代小説というのでもない。近代観に映じた、ある時期の古代生活とでもいうものであろう。

老語部を登場させたのは、何も之を出した方が、読者の知識を利用することが出来るからと言うのではない。殆無意識に出て来る類型と択ぶ所のない程度で、化尼になる前型らしいものでも感じて貰えればよいと思うたのだ。こんな事をわざわざ書いておくのは、此後に出て来る数个条の潜在するもののはたらきと、自分自身混乱せぬよう、自分に言い聞かせるような気持ちでする訣である。

称讃浄土仏摂受経を、姫が読んで居たとしたのは、後に出て来る当麻曼陀羅の説明に役立てようと言う考えなどはちっともなかった。