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やまごしのあみだぞうのがいん
山越しの阿弥陀像の画因
折口 信夫
「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页
ここで山越し像に到る間を、少し脇路に蹈み入ることにしたい。
さて、此日東の大きなる古国には、日を拝む信仰が、深く行われていた。今は日輪を拝する人々も、皆ある種の概念化した日を考えているようだが、昔の人は、もっと切実な心から、日の神を拝んで居た。
宮廷におかせられては、御代御代の尊い御方に、近侍した舎人たちが、その御宇御宇の聖蹟を伝え、その御代御代の御威力を現実に示す信仰を、諸方に伝播した。此が、日奉部(又、日祀部)なる聖職の団体で、その舎人出身なるが故に、詳しくは日奉大舎人部とも言うた様である。此部曲の事については、既に前年、柳田先生が注意していられる。之と日置部・置部など書いたひおきべ(又、ひき・へき)と同じか、違う所があるか、明らかでないが、名称近くて違うから見れば、全く同じものとも言われぬ。日置は、日祀よりは、原義幾分か明らかである。おくは後代算盤の上で、ある数にあたる珠を定置することになっているが、大体同じ様な意義に、古くから用いている。源為憲の「口遊」に、「術に曰はく、婦人の年数を置き、十二神を加へて実と為し…」だの、「九々八十一を置き、十二神を加へて九十三を得……」