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やまごしのあみだぞうのがいん
山越しの阿弥陀像の画因
折口 信夫
「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页
昔から語義不明のまま、訣った様な風ですまされて来た「かげのわずらい」と謂った離魂病なども、日※(「日/咎」、第3水準1-85-32)を追うてあくがれ歩く女の生活の一面の長い観察をして来た社会で言い出した語ではないか。其でなくては、此病気は、陰影を亡くするという意味でもなく、「わが身は陰となりにけり」の実体を失う程痩せると言うことでもない。だからなぜそう呼び習したか、此意味ならではわからぬことになる。
比叡坂本側の花摘の社は、色々の伝えのあるところだが、里の女たちがここまで登って花を摘み、序にこの祠にも奉ったことは、確かである。而も山籠りして花をつむと言うことは、必しも一つの隠れどころにじっとして居ることではなく、てんでに思い思いの峰谷を渉ってあるくこともあった、ただの物忌みの為ばかりでもないようだ。女たちの馳けまわる範囲が、野か、山の中に限られて、里つづきの野道・田の畦などを廻らぬところから、伝えなかったまでであろう。日の伴の様な自由な野行き山行きは、まだ土地が、幾つとも知らぬ郡村に地割りせられぬ以前からの風であったのである。如何ほど細かに、村境・字境がきまるようになっても、春の一日を馳け廻る女人にとっては、なかなか太古の土地を歩くと、同じ気持ちは抜けきらなかったであろう。