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しまばらのゆめ

島原の夢

岡本 綺堂

「随筆」1924(大正13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,148 字 · 8 页

青空文庫

大判司に対して、成駒屋の声が盛んに湧くと、それを圧倒するように、定高に対して成田屋、親玉の声が三方からどっと起る。

大判司と定高は花道で向い合った。ふたりは桜の枝を手に持っている。

「畢竟、親の子のというは人間の私、ひろき天地より観るときは、おなじ世界に湧いた虫」と大判司は相手に負けないような眼をみはって空嘯く。

「枝ぶり悪き桜木は、切って接ぎ木をいたさねば、太宰の家が立ちませぬ」と、定高は凛とした声でいい放つ。

観客はみな酔ってしまったらしく、誰ももう声を出す者もない。少年も酔ってしまった。かれは二時間にあまる長い一幕の終るまで身動きもしなかった。

その島原の名はもう東京の人から忘れられてしまった。周囲の世界もまったく変化した。妹脊山の舞台に立ったかの四人の歌舞伎俳優のうちで、三人はもう二十年も前に死んだ。わずかに生き残るものは福助の歌右衛門だけである。新富座も今度の震災で灰となってしまった。一切の過去は消滅した。

しかも、その当時の少年は依然として昔の夢をくり返して、ひとり楽み、ひとり悲んでいる。かれはおそらくその一生を終るまで、その夢から醒める時はないのであろう。