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あらし

嵐

寺田 寅彦

「ホトトギス 第十巻第一号」1906(明治39)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,217 字 · 9 页

青空文庫

宿の裏門を出て土堤へ上り、右に折れると松原のはずれに一際大きい黒松が、潮風に吹き曲げられた梢を垂れて、土堤下の藁屋根に幾歳の落葉を積んでいる。その松の根に小屋のようなものが一つある。柱は竹を堀り立てたばかり、屋根は骨ばかりの障子に荒莚をかけたままで、人の住むとも思われぬが、内を覗いてみると、船板を並べた上に、破れ蒲団がころがっている。蒲団と云えば蒲団、古綿の板と云えばそうである。小屋のすぐ前に屋台店のようなものが出来ていて、それによごれた叺を並べ、馬の餌にするような芋の切れ端しや、砂埃に色の変った駄菓子が少しばかり、ビール罎の口のとれたのに夏菊などさしたのが一方に立ててある。店の軒には、青や赤の短冊に、歌か俳句か書き散らしたのが、隙間もなく下がって風にあおられている。こう云う不思議な店へこんな物を買いに来る人があるかと怪しんだが、実際そう云う御客は一度も見た事がなかった。それにもかかわらず店はいつでも飾られていてビール罎の花の枯れている事はなかった。

誰れにも訳のわからぬこの店には、心の知られぬ熊さんが居る。

自分は浜辺へ出るのに、いつもこの店の前から土堤を下りて行くから熊さんとは毎日のように顔を合せる。