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ほ
帆
宮本 百合子
「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页
躙りよって来て藍子の膝に手をかけ、軽くゆすりながら女は片袖で涙を拭いた。
「なんにも私が会わせるの会わせないのって……そんな因縁ありゃしませんよ。ただ――あんただって訳のあることだろうし」
「ええ。その訳がね、どうしたってあの人に会わなけりゃ分らないんですよ。折角来て下すったのに何にも云わないでさぞ厭な女だとお思いでしょうけれど、どうぞ悪く思わないでね、どうかあなたのお力で尾世川さんが来るようにして下さいな」
「――私はお使者なんだから、それは云いますけどね」
「来てさえくれりゃあ、本当にわかるんですから……」
女は帯の間から桜紙をとり出し、それを唇でとって洟をかんでから、銀杏返しの両鬢をぐっと掻き上げた頸筋にだけ白粉の残っている横顔を伏せ、巻莨をすい始めた。
女の素振りには藍子に対する誠意が乏しく、只尾世川を来させろと繰返す執念だけが強い感じであった。それも彼の恋しさばかりとも思われず、藍子は、女が莨を一本すい終るのを待って立ち上った。
女は、送り出して藍子のコートを着せかけながら、
「それにね、私んところにあのひとの大事な万年筆があずかってあるんですよ、そのこともどうぞ云っといて下さいね」