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ほ
帆
宮本 百合子
「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页
――兎に角両国まででも行って見ようじゃありませんか。日がえりで海見て来るのもわるくないなあ」
早速立って着物を着換え始めた。藍子は窓枠に腰かけ、彼が兵児帯を前で結び、それをぐるりと後へ廻す、気忙しそうな様子を眺めた。
「そんなこと云って、大蔵省いいんですか」
「大丈夫です。不時収入があるんですから――……尤も私のはいつだって不時収入ですが……」
尾世川は、しまってあるステッキをわざわざ戸棚から出し、それを腕にかけて外へ出た。
駅前の広場で、撒水夫がタッタッタッ車を乱暴に引き廻して水を撒いている。それをよけ、構内へ入ると俄に目先が暗いように感じられた。その午後はそんないい天気であった。
旅客の姿、赤帽の赤い帽子、粗末な停車場なのが却って藍子の旅心を誘った。
「どうします?」
尾世川がバスケットを取って戻って来た。
「――このまんま帰っちゃうのも惜しいようだな」
二人は列車発着表の前へ立った。
「――成田はどうです?」
「そんなとこ役者がお詣りするところですよ。……稲毛なら近いには近いけど……」
「いいじゃないですの!」
尾世川は直ぐ表を見るのを止めてしまって云った。