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ていだいせいしょけんきゅうかいしゅうこうのじ

帝大聖書研究会終講の辞

矢内原 忠雄

「嘉信 第一巻第三号」1938(昭和13)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,943 字 · 8 页

青空文庫

始めの数回は『科学と宗教』等学問的なる問題について講演したが、十一月以後ロマ書の講義をし、本学年はイザヤ書の講義をして来たのである。

やっている中に、御承知の様に時局はどんどん変って行き、私は大学を辞める事になった。併し私はまだ本当に辞めた様な気持になれず、且つイザヤ書の講義は途中であるから、私が此処で聖書の講義を続けて行くことは、当然過ぎる程当然の気持がしていたのである。

併し今になって考えて見ると、帝大内で集会をするには教授たる人の紹介が必要である。従来は私が此の会に対する全責任をもってやって来たのであるが、私の辞職後は此の会合を催すに就ても他の教授の方に紹介の印を貰わなければならない。万一此の会の事で問題が起きるならば、その人に対して迷惑をかける事になる。まさか此の会に就て問題が起きるとは思わないが、私の想像もしないいろんな出来事が次々に起って来る時勢であるから、又何が起るかもしれない。今までの様に私が責任をもってやる事が出来なくなったのであるから、此の会は之で止めるのが穏当であろう。帝大内に此の様な会が必要であると思われるならば、それは現に帝大に籍のある人のやるべき事であって、私のやる事でない。