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ていてんをみてのかんそう
帝展を観ての感想
宮本 百合子
「婦人文芸」1934(昭和9)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,058 字 · 7 页
素人の考えとして私は、洋画をかく婦人たちが、洋画の本質と自分の日常生活とにある筈の進歩性というものに無条件でたよりすぎている為に、いつしか反対の沈滞に陥りかかっているのではないかと考えた。
日本の社会では確に洋画を女にならわせる親は進歩的であり、洋画そのものが、謂わばそれに従事する婦人の前進的な気質を示すものであろうが、時に、大体、それらの人々の経済的条件は、婦人画家たちに安穏なアトリエを与え、苦痛なしに絵具を買わせるような程度におかれている。そういう生活の平俗な安易さが、才能をさびさせている。そのように感じたのであった。
そして、有馬さとえ氏のように辛苦をして修業していた婦人画家さえ、大家になると同時に、その作品はどこやら覇気を失っていることが、私に何か心を痛ましめる惜しさを感じさせたのであった。
画の新しさ・主題・手法・色彩の溌溂として新鮮な感覚というものは、然し、末梢的な狙いで、ただ色よりも線でのデッサンを主にするような試みだけで獲得しうるものでないであろう。私は、いろいろの点で、帝展の数百点の画からは、かくあってはならぬ、という芸術上の教訓の具体的な例を見てかえって来たのであった。