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おびひろまで
帯広まで
林 芙美子
「文藝春秋」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页
日が経てば、きっと不幸な別れかたをした自分を想い出して切ながってくれるだろう。だが、寝転んで考えている時は愉しく淋しかったが、起きあがると、伊代は居ても立ってもいられなかった。夜になると何度か小舎へ電話をかけてみたりした。電話につたわって来る九太の声は他人より始末の悪いおよびごしの声で、伊代の胸を突いて来るのである。
「若いうちは心配も愉しみのうちなのだから、九太さんの事なんかさばさばして何でもして働いたらいゝじゃないの」
階下の店先きへ腰をかけて呆んやり往来を眺めている伊代に、古下駄の鼻緒をすげ替えながら、お神さんはこう云って伊代を慰めてくれるのであった。伊代は伊代で壁へ吹き寄せられた四枚の拾円札を、貯金でもして一生知らん顔でいようと思った。その金には手をつけたくなかった。
九太が尋ねて来ても、その金を貯金した事は何とも云わなかった。おとなしく蝙蝠傘を渡して九太を帰すと、伊代は枕の下から貯金帳を出して眺めた。一銭も出すまい。また一銭でも余分に入れてはならないと思った。スタンプには六月二十一日の消印が押されていた。「六月二十一日か……」伊代はつぶやきながら九太が忘れていった煙草を、下品な吸いかたでふかした。